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伊丹来稲荷神社(室蘭市) 参拝 2022-05-01

8月 17, 2023

伊丹来稲荷神社(室蘭市)

伊丹来いたんき稲荷神社は室蘭市東町、イタンキ漁港手前の小高い丘の上に鎮座するお稲荷さん。

「イタンキ」はアイヌ語で「お椀」のこと。ちょっと悲しいクジラ岩の伝説が由来です。

このページは、2022年5月1日に伊丹来神社を参拝した時の記録です。

伊丹来稲荷神社概要

住所〒050-0083
北海道室蘭市東町3丁目13-26
駐車場なし
社務所なし
電話なし
例祭日8月10日
旧社格
所属なし
摂社・末社なし
公式サイトなし
創建明治30年(1897年)

伊丹来稲荷神社 鎮座地マップ

伊丹来稲荷神社のご祭神

ご祭神
倉稲魂神うかのみたまのかみ)

記載されたものはありませんが稲荷神社なので・・・

伊丹来稲荷神社のご由緒

明治三十年九月十日、当時の輪西村イタンキ浜
漁民が京都伏見稲荷神社から御分霊をお受けして社殿を建
立したことに始まる。その後、昭和五年九月七日には神殿
を新築し、同八年八月には拝殿を新築し、イタンキ浜の守
護神として同地の漁家が祭典をとり行っている。なお、八
月十日の例祭では、十四、五人の若者が小型の磯舟に似せて
作った「舟みこし」をかついでねり歩く伝統芸能も行われ
ている。

写真でバーチャル参拝

鳥居から社殿までの様子を、簡単ではありますが写真のスライドショーにまとめました。

全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊

参拝日:2022年5月1日(日曜日)午前8時半頃。雨が降ったり止んだりでしたが、参拝の間は雨に当たりませんでした(ラッキー!)

  • 伊丹来稲荷神社鳥居
    室蘭市東町、イタンキ生活館の横に赤い鳥居が建っています。
  • 鳥居から上を見上げる
    上を見上げるともう一つの鳥居と社殿らしきものが見えました。緑の季節だとたぶん見えないですね。
  • 伊丹来稲荷神社鳥居
    では軽く一礼して鳥居をくぐりきれいに整備された階段を登ります。段差は普通ですが奥行があり登りづらかった。
  • 伊丹来稲荷神社二の鳥居
    上までしっかり整備された階段を、軽く右に折れたあと左に折れると、二の鳥居が正面に見えます。
  • 伊丹来稲荷神社二の鳥居
    二の鳥居まで登るとその向こうに社殿が見えます。ここでも軽く一礼して進みます。
  • 伊丹来稲荷神社社殿
    ちょっと変わった形の社殿ですね。手前の灯籠はまだ新しく見えます。狛犬はないようです。
  • 伊丹来稲荷神社社殿本体
    社殿の本体は大きな祠。その屋根が前室というか四阿の屋根とつながっているんですね。大勢の人が雨の日でも参拝できるように造られたのでしょうか?
  • 伊丹来稲荷神社拝殿の前
    お賽銭を入れる場所はありませんでしたが、二礼二拍手一礼にて参拝しました。

伊丹来稲荷神社 御朱印情報

伊丹来神社の御朱印はありません。

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最後に

2022年5月1日の伊丹来神社参拝の記録でした。

例祭の日を8月10日としましたが、根拠はWebむろみん電子版の下の記事。

 室蘭・伊丹来稲荷神社奉賛会(一戸鉄男会長)は8月9、10日に開催予定の祭典の中止を決定した。  豊漁を願い建てられた同神社の祭典は、…

Webむろみん電子版2021/7/22から

2021年8月10日は火曜日で、土曜日曜でないことから、8月10日固定なのではないかと想像しました。

違っていたらコメントにて指摘していただけると助かります。

⇒2023.4.18追記 北海道神社庁誌で8月10日であることを確認

半世紀近く前に室蘭に住んでいた頃から今回参拝するまで、「いたんき」はカタカナで書くものだと思っていました。

今の地図にも「イタンキ浜」とか「イタンキ漁港」などと表記されています。

下のリンクに伊丹来地区の範囲が書かれています。

伊丹来地区の地図

おまけ イタンキの地名由来となった鯨伝説

冒頭でイタンキはアイヌ語でお椀の意味と書きました。

お椀と呼ばれるようになった悲しい鯨伝説を見つけたので引用させていただきます。

昔、日高地方一帯が不漁に見舞われ、コタンの人々は飢え死にを迫られていました。そんな時、絵鞆コタンが豊漁だという話を聞き、日高アイヌは海岸伝いに胆振へ向かいました。


そして、ようやくの思いで白老コタンまでたどり着くと、絵鞆は豊漁どころか、天然痘が流行し、コタンの人々は山に逃げ隠れているとのことでした。しかし、いまさら日高へ引き返すわけにもいかず、ようやくアルトル(鷲別岬の西南側の土地)までたどり着いたところ、沖の方でクジラの死体が岸近くへ流れようとしているのを発見し、躍り上がって喜びました。

ところが、クジラと見えたのは、実はイタンキ浜の真ん中に見え隠れしているフンペシュマ(鯨岩:室蘭栄高校前の波間に見え隠れする岩)でした。空腹のあまり目も良く見えなかったのか、岩をクジラと見誤ったのです。クジラを食べられると思い、人々は流木をたき木にしながら、幾日もここで待ち続けました。やがて、たき木にする流木もなくなり、ついには自分たちの持ってきた「おわん」までも燃やして暖をとりました。

しかし、海中の岩がクジラになろうはずもなく、とうとう飢えと疲労で力尽き、全員ここで亡くなってしまったということです。

「室蘭の伝説 」PDFファイルから