留寿都神社 (留寿都村) 参拝 2022-05-08

留寿都神社は留寿都村の市街中心に鎮座する神社さん。
国道に近い場所にありながら、とても静かで気持ちが安らぎました。
このページは、2022年5月8日に留寿都神社を参拝した時の記録です。
留寿都神社概要
| 住所 | 〒048-1731 北海道虻田郡留寿都村字留寿都26番地 | ||
| 駐車場 | 一の鳥居の奥にスペースあり | ||
| 社務所 | あり | ||
| 電話 | ? | ||
| 例祭日 | 9月8日 | ||
| 旧社格 | 村社 | ||
| 所属 | 北海道神社庁 | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 明治27年(1894年) | ||
留寿都神社 鎮座地マップ
留寿都神社のご祭神
ご祭神
天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)
大己貴大神(おおなむちのおおかみ)
応神天皇(おうじんてんのう)
日本神話の女神。太陽神。高天原の主宰神。皇室の祖先神。皇大神宮(伊勢神宮内宮)のご祭神。
表記:天照大神 天照大御神 など
別名:大日孁貴神(おおひるめむちのかみ)など
出雲大社に祀られ国土開発・経営を行った国造りの神である「大国主神」の別名。
表記:大穴牟遅神 大那牟遅神 など
別名:八千矛神(やちほこ-)葦原色許男(あしはらのしこを)宇都志国玉神(うつしくにたま-)など多数
第15代天皇。第14代仲哀天皇の第4皇子。母は神功皇后。後に八幡信仰と結びつく。
別名:誉田別命(ほんだわけのみこと) 品陀和気命 大鞆別命(おおともわけのみこと)、品太(ほむた)天皇など
留寿都神社のご由緒
明治27年7月、加藤泰秋子爵が旧領の伊予国大州藩内の久米村八幡神社の御分霊を戴き、加藤家留寿都農場の氏神として祠を建立して奉斎したことに始まる。大正4年6月に地元有力者たちが、大正天皇即位大典を記念して留寿都八幡神社の改築と村社昇格の運動をおこしている。このことから農場の氏神であったこの神社を地域住民の鎮守とし、加納富貴松、加藤農場からの寄附により社殿を新たに建立した。大正7年3月30日、無格社、同13年3月29日には村社に列せられた。昭和36年12月26日、五ノ原地区の八幡神社を、また同43年3月18日には知来別地区の金刀比羅神社を合祀している。
北海道神社庁ホームページから
(由緒板から)
本神社の起源は開墾の鍬を入れ安住の
地たらんと欲し明治二十七年愛媛県久米郡
八幡神社の神璽を加藤農場が住人の
守護神として奉斎神祠を創建大正四年
九月社殿を造営更に二柱の神を増祀留寿都
村の産土神と仰ぎ氏子崇敬者住民の魂の
よりどころとなる
大正七年三月三十日 無格社
大正十三年三月二十九日 村社
昭和二十一年六月十日 宗教法人設立
写真でバーチャル参拝
鳥居をくぐり参道を歩き、拝殿の前で参拝するまでの様子を、写真のスライドショーにまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2022年5月8日(日曜日) 午後0時30分頃
ギャラリー
狛犬


喜茂別神社の狛犬さんとよく似ています。
拝殿前
拝殿の前にドンと置かれた「令」「和」と書かれたモニュメントが気になります。
顔にもツボにも見える絵がモチーフ(?)の石碑も何故ここに置かれているんでしょうか?



石碑関連
社殿の右側のスペースには石碑が2つ建っています。
左側の小さい石碑は山神さまの碑、右側の大きい石碑は忠魂碑。


山神さまの下をよく見ると・・・


社殿に向かって左側には由緒などが書かれた石碑
その後ろには地神碑が。
書かれている神さまは正面から時計回りに
天照皇大御神、少彦名大神、埴安姫大神、倉稲魂大神、大己貴大神の五柱。


二の鳥居の手前には「子爵加藤公頌徳碑」


留寿都神社 御朱印情報
社務所に宮司さんが常駐してますが、玄関先に置いてある書き置きをいただきます。
(社務所は一の鳥居をくぐった左手の建物になります)

初穂料はお賽銭箱に入れます。
真狩神社の御朱印もいただけます。
(今回は残念ながら御朱印をいただくことができませんでした・・・😢 )
最後に
2022年5月8日、留寿都神社参拝の記録でした。
夏になると参道の両側にひまわりの花が咲くそうです。
そんな時期めがけて参拝に訪れるのもいいかもしれません・・・





























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