港町嚴島神社(古平町) 参拝 2023-06-27

港町嚴島神社は古平町港町の高台に鎮座する無人の神社さん。
江戸時代創建の由緒ある大変古い神社です。
このページは、2023年6月27日に港町嚴島神社を参拝した時の記録です。
この記事では扁額での表記「嚴島」としています。
港町嚴島神社概要
| 住所 | 〒046-0113 北海道古平郡古平町港町3 | ||
| 駐車場 | なし | ||
| 社務所 | なし | ||
| 電話 | なし | ||
| 例祭日 | 9月17日 | ||
| 旧社格 | ? | ||
| 所属 | なし | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 宝暦元年(1751年) | ||
港町嚴島神社 鎮座地マップ
港町嚴島神社のご祭神
ご祭神
保食神(うけもちのかみ)
※ 北海道神社庁誌の記載によります。
嚴島神社なのでご祭神は「市杵島姫命」あるいは「弁才天」だと思ったのですが・・・詳細はわからず、この記事では北海道神社庁誌の記載に倣います。
港町嚴島神社のご由緒
古平町の広報誌「せたかむい」No217 (平成19年11月発行)から引用します
請負場所(商場=あきないば)であった古平には、岡田家の残した港町の嚴島神社がある。五代岡田弥三右衞門秀悦が現在地に宝暦元年(一七五一)創建したもので、社殿は神社の建築様式でもある入母屋造りであった。
社殿の中、正面に掲げてある『弁才天』の木彫りの額は、安政七年(一八六〇)運上屋の帳場らの寄進したもので、当時は弁才天も合祀していたと考えられる。
享和元年(一八六一)、入舟町の漁業者が弁才天を祀る社を創建したと伝えられているが、ご神体はここ嚴島神社に合祀されていたのではないかとも言われている。
明治十年頃、恵比須神社のご神体(事代主命)が盗難に遭ったことから、厳島神社に変わったと伝えられている。しかし、明治四年、開拓使は神仏混淆(しんぶつこんこう=昔から日本にある神と仏教の信仰を調和させる)の考えから弁才天社を厳島神社と改称させているので、この時改称したのではないかとも思われる。
写真でバーチャル参拝
鳥居をくぐり参道を歩き、石段を登って拝殿の前で参拝するまでの様子を、写真のスライドショーにまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2023年6月27日(火曜日)午前6時半頃
港町嚴島神社 ギャラリー
ギャラリーというほど写真はありませんが・・・
ちなみに狛犬さんはいませんでした。
社殿
歴史ある神社ですが社殿は建てられた間もないのでしょう。
二の鳥居
脇にある小さな看板に次のように書かれています。
「弘化2年 西暦1845年 古平運上屋 御影石の鳥居 惣濱中」
シコロの碑
シコロとはアイヌ語の転訛で「キハダの木」のこと。
明治45年、山型から利尻に向かう漁船が港町嚴島神社の沖合で座礁。命がけで船とシコロの大木をロープで結び救助したことを後世に残すため建てられた碑。
吉田一穂詩碑「魚歌」
古平小唄や古平高校の校歌の作詞などに感謝を込めて建てられた詩碑。
石段
石段は石を積み重ねて作るのが普通ですが、この石段は固い岩盤を削って作られたそうです。
気が遠くなるような作業に唯々感服するのみです。
港町嚴島神社 御朱印情報
港町嚴島神社の御朱印はありません。
最後に
2023年6月27日、港町嚴島神社参拝の記録でした。
神社の境内の横に建つ建物の壁には大きく天狗の絵が描かれています。


古平町民俗文化財指定第1号の猿田彦海上渡御の様子が書かれたものになっているようです。
ただし、これは港町厳島神社ではなく古平琴平神社の例祭でのお祭りです。


























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