古平琴平神社 参拝 2022-05-06

古平琴平神社は古平町新地町、古平市街地から美国に抜ける旧国道沿いの高台に鎮座する無人の神社さん。
7月例大祭の日に行われる「天狗の火渡り」の神事が有名です。
このページは、2022年5月6日に古平琴平神社を参拝した時の記録です。
正式名称は「琴平神社」ですがこの記事ではわかりやすいよう地名を付記しています
古平琴平神社概要
| 住所 | 〒046-0112 北海道古平郡古平町大字新地町86番地 | ||
| 駐車場 | あり(社務所の向かい) | ||
| 社務所 | 無人(美国神社の兼務社) | ||
| 電話 | なし | ||
| 例祭日 | 7月10日 | ||
| 旧社格 | 郷社 | ||
| 所属 | 北海道神社庁 | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 慶応2年(1866年) | ||
古平琴平神社 鎮座地マップ
古平琴平神社のご祭神
ご祭神
大物主神(おおものぬしのかみ)
八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)
保食神(うけもちのかみ)
崇徳天皇(すとくてんのう)
日本神話の神「大国主命」の別名またはその「幸魂・奇魂」の神名といわれる。古事記の国作り神話、三輪の伝説など神話のエピソードは多数あり。奈良県の古社大神神社のご祭神であり、全国の金刀比羅神社のご祭神。
日本神話の神。大国主の御子神。えびす神として全国のえびす神社に祀られることもある。
別名:事代主神、言代主神など
日本神話の女神。日本書紀の食物起源の神話に登場、この神の体から五穀、牛馬、蚕が生まれたとされる。食物神である宇迦之御魂神と同一視され、稲荷神社に祀られることもある。(「うけ」は食物を意味する)
表記:宇気母智神など
第75代天皇。平安時代末期、保元の乱を起こすも敗れて讃岐(香川県)に流され、京にもどることなく死去。菅原道真、平将門と共に、日本三大怨霊といわれる。
古平琴平神社のご由緒
慶応元年(1865)箱館奉行所へ願い出で、丸山山麓に社地の割譲を受け、慶応2年、京都より大物主神の御神体を下附され、同年6月勧請、崇徳天皇を配祀し、御霊代は開拓使から下附された。慶応3年5月丸山麓に仮社殿を建設鎮座し、明治4年、桧及び欅材で神明造の神殿入母屋造の拝殿造営した。明治8年、郷社に列せられ、古平郡の鎮守となる。明治39年神饌幣帛料供進神社に指定され、昭和21年、宗教法人となった。昭和24年、古平町西部大火に遭い、御神体を除き全てを焼失し、浜町恵比須神社に併祀したが、昭和25年、旧社地に篤志家の寄附金と氏子の労力奉仕により本殿と仮社務所を再建遷座祭を斎行した。昭和35年、旧社地中央を国道が通ることとなりやむなく移転を決定し補償金で土地を取得、本殿・仮社務所を移築した。(新地町86番地)昭和36年、幣殿・拝殿を造営し、7月に遷座祭を斎行した。
写真でバーチャル参拝
鳥居をくぐり参道を歩き、拝殿の前で参拝するまでの様子を、写真のスライドショーにまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2022年5月6日(金曜日)午前9時頃
ギャラリー
ご本殿
狛犬


忠魂碑
社殿の左手に忠魂碑。土台の方が立派(?)です。



鎮魂歌の詩碑
忠魂碑前に「鎮魂歌」の詩碑。
最後に「一穂」と刻まれていますが、詩人の吉田一穂(いっすい)のことでしょうか?
碑は1966年の建立。裏には町出身戦没者の名が刻まれています。
神輿庫と祭具庫
境内の左手にある大きな建物は、祭具庫(左の小さな入口)と神輿庫(右の大きな入口)
社務所
一の鳥居と二の鳥居の間にある社務所。
何年か前までは神職さんがいたそうですが、宮司さんが亡くなってからは無人です。
ちなみに今は美国神社の宮司さんが兼務しているとのこと。


参道
社殿に向かう側の写真でははっきりわかりませんが、実は参道はけっこうな上りになっています。
社務所の前から一の鳥居側を撮影した写真には海が写っています。
庚申塚
一の鳥居のそばにある庚申塚。
古平琴平神社 御朱印情報
神職さんが常駐していないので御朱印はいただけません。
ただ、御朱印自体は社務所の中に保管されているらしく、参拝した時に美国神社の宮司さんがこちらにいらっしゃれば、もしかすると御朱印を書いていただけるかもしれません。
琴平神社の駐車場について
琴平神社の駐車場は、社務所の向かい側に数台分のスペースがあります。
一の鳥居をくぐり、二の鳥居の手前左手に2階建ての社務所。
駐車スペースは参道をはさんで反対側になります。
最後に
2022年5月6日、古平琴平神社参拝の記録でした。





























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