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津古丹稲荷神社(忍路神社末社) 参拝 2022-11-12

津古丹稲荷神社(小樽市)

津古丹稲荷神社は忍路神社の境内に鎮座する忍路神社の末社。

小樽でもっとも古い建造物といわれ、もともとは個人の邸内で祀られていたものが今の場所に移されました。

このページは、2022年11月12日に津古丹稲荷神社を参拝した時の記録です。

津古丹稲荷神社概要

住所〒048-2561
北海道小樽市忍路1丁目416
駐車場なし(数台分のスペースあり)
社務所なし
電話なし
例祭日7月4日(?)
旧社格
所属なし
摂社・末社なし
公式サイトなし
創建嘉永2年(1849年)

小樽で一番古い建造物であることが小樽市のガイドマップにも書かれていました。

現在、小樽市内に残っている歴史的建造物の中には、今から約150年余り前の江戸時代末期に建てられたものがあります。
忍路神社の境内にある津古丹稲荷神社本殿は1849(嘉永2)年の創建で、小樽では最古のものとされています。なお、この建物は、昭和13年に国道工事のためいったん解体され、同15年に現在地に移築されています。
次に古いものは、祝津にある恵美須神社本殿(指定番号 第58号)で、1863(文久3)年の創建とされています。

小樽市歴史的建造物ガイドマップから

津古丹稲荷神社 鎮座地マップ

津古丹稲荷神社のご祭神

ご祭神
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

津古丹稲荷神社のご祭神として明記されたものはありませんが、一般的に稲荷神社のご祭神といえばということで書いています。

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

「うか」は穀物・食物の意味であり、稲霊を意味する「うけ」の古形で、稲の精霊を神格化した神。稲荷神社のご祭神で日本書紀に記される倉稲魂神(うがのみたまのかみ)と同神。

津古丹稲荷神社のご由緒

忍路神社境内にあり。元来津古丹海岸に□一(□の中に一の印)西川が番家の守護神として建立したものである。

昭和八年に海岸道路(国道)開発の際、道路の上の岩をくり抜いてそこに移転したのであるが、その崖が崩れて社殿の破損の恐れがあったので昭和十三年に解体、保管して置いた。

昭和十五年に中島松三郎が再建費を寄進して現在地に再建された。

この社の建立年代や社頭の彫刻の作者等は従来詳らかでなかったが、十三年に解体の際、正面彫物の組合せの中から『嘉永二年(1849) 松前江差、中島作郎治作』という文字が発見された。

これは彫刻に関するものと思われるが、社殿の建築も恐らく同年と推定される。

その建築物の規模は小さいものであるが、特に彫刻が優れ、俗に『左甚五郎の作』などと称されている程に見事な出来栄えである。

なお現在社殿内に、日清戦争に朝鮮仁川沖で沈没した清国軍艦定遠号の艦首を飾った竜型の一部が保存されている。

これは忍路村出身の館下友次郎が大正年間に北見国枝幸港立原豊次郎の木材帳場として朝鮮に在った時に入手し、昭和三年八月に忍路神社に奉納したものである。

忍路郡郷土史から

元々は西川氏の守護神として祀られていたのですね。

写真でバーチャル参拝

スライドショーにするほど写真がありません。

参拝した証しとして撮影した津古丹稲荷神社の写真を何枚か掲載します。

参拝日:2022年11月12日(土曜日)午後2時半頃

忍路神社拝殿の左手に色あせた赤の社殿がすぐ目に入ります。

鳥居には天保十二年と刻まれています。

くたびれた姿は長い歴史の証し。

津古丹稲荷神社 社殿

社殿に施された彫刻が素晴らしすぎます!

津古丹稲荷神社 社殿の彫刻

真ん中に2匹の龍左右に阿吽の獅子。

狛狐にも歴史を感じます。

二礼二拍手一礼にて参拝しました。

津古丹稲荷神社 社殿の前

津古丹稲荷神社 御朱印情報

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最後に

2022年11月12日、忍路神社末社・津古丹稲荷神社参拝の記録でした。

素晴らしい彫刻に感動するも、何年か前の写真と比較しても劣化が進んでいるのがはっきりわかります。

何らかの形で手を入れて、小樽最古の建造物を長く引き継いでいただきたいと切に思います。

津古丹稲荷神社 社殿全景