若宮八幡愛宕神社(旭川神社境内社) 参拝 2024-05-06(中央地神社などを含む)

若宮八幡愛宕神社は旭川神社の境内に鎮座する末社さん。
このページは、2024年5月6日に若宮八幡愛宕神社を参拝したときの記録です。
さらに隣接する中央地神社、稲魂石、白蛇石の紹介もあります。
若宮八幡愛宕神社概要
| 住所 | 〒078-8261 北海道旭川市東旭川南1条6丁目8-14 | ||
| 駐車場 | 建勲神社前 or 旭川神社二の鳥居左手 | ||
| 社務所 | 9:00〜17:00 (旭川神社) | ||
| 電話 | 0166-36-1818 (旭川神社) | ||
| 例祭日 | 9月3日 | ||
| 旧社格 | ? | ||
| 所属 | なし | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 明治29年(1896年) | ||
若宮八幡愛宕神社 鎮座地マップ
若宮八幡愛宕神社のご祭神
ご祭神
誉田別尊(ほんだわけのみこと)
火産霊命(ほむすびのみこと)
第15代応神天皇のこと。第14代仲哀天皇の第4皇子。母は神功皇后。後に八幡信仰と結びつく。
表記:品陀和気命など
別名:大鞆別命(おおともわけのみこと)、品太(ほむた)天皇など
日本神話の火の神。イザナギ・イザナミの神生み神話で誕生の際、イザナミが火傷を負い亡くなってしまう。愛宕神社のご祭神。
別名:火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ) 軻遇突智(かぐつち)など
若宮八幡愛宕神社のご由緒
若宮八幡神社と愛宕神社は元々は別々の神社でしたが、愛宕神社がこの場所に遷座したことがきっかけで合祀されることになりました。
旭川神社境内社 若宮八幡神社 由緒
愛媛県宇摩郡土井町大字野田の八幡大神社の御分霊を受け、明治二十九年創祀。
境内の由緒板から
社運興隆・商売繁盛の守神。
旭川神社境内社 愛宕神社 由緒(掲示板から)
明治三十六年、東京芝区の愛宕神社より御分霊を受けて創祀。昭和五十三年、環状一号線道路開設のため、ここに遷座した。「愛宕」地名の発祥。
境内の由緒板から
火難防除の神、消防の神。
写真でバーチャル参拝
スライドショーにするほど写真がありません。
参拝した証しとして撮影した若宮八幡愛宕神社の写真を何枚か掲載します。
参拝日:2024年5月6日(月曜日)
旭川神社二ノ鳥居から社殿に向かう途中、参道左手に石鳥居が建っています。
元々は別の2社だったことが社号標からも伺えます。
大正時代に建立された重厚感のある石鳥居。軽く一礼してくぐります。


この建物は参拝者のための雨除けということでしょうか?


お賽銭を入れ二礼二拍手一礼にて参拝しました。
ちなみに案内看板に下のような記述がありました。
平成七年御創祀百年事業として神宮式年遷宮撤却材(伊勢神宮所管社 若宮神社)拝領二より本殿を造営した。
参拝の後で気づいたのですが・・・
社殿の周辺には祓所や手水鉢なども置かれていました。


中央地神社 稲魂石 白蛇石 ギャラリー
境内社つながりで・・・
若宮八幡愛宕神社に向かって左手。
木製のアーチをくぐっていくと正面に注連縄と紙垂がかけられた地神碑。


中央地神碑
中央地神碑です。ちなみに
五角柱の石碑。春は神々に五穀豊穣を祈願し、秋には収穫を感謝するため神々を祀ったのがその由来。石柱のそれぞれの面には「天照大神」「倉稲魂命」「少彦名命」「埴安媛命」「大己貴命」の5柱の神名が刻まれることが多い。
ちなみに中央地神碑は、正面から反時計回りに
天照大神-倉稲魂神-埴安姫神-少彦名神-大己貴神
の順で刻まれています。
稲魂石・白蛇石
中央地神碑の左側に置かれているのが稲魂石と白蛇石。
稲魂とは稲の穀霊や生命力を意味します。初夏の雷光によって穀霊が成長し、稔りをもたらすという古来の信仰に基づづくものといわれます。
白蛇は家の守神であったり、財運の象徴であったりなど、縁起の良いものとして祀られます。
お賽銭を置く人が増えてきたため、何年か前から賽銭箱を設置したそうです。
少額でしたが入れてお参りしました。
若宮八幡愛宕神社 御朱印情報
若宮八幡愛宕神社の御朱印は社務所でいただくことができます。
今回は宮司さんが不在だったため書き置きでいただきました。

最後に
2024年5月6日。若宮八幡愛宕神社、中央地神社 稲魂石 白蛇石、参拝の記録でした。

















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