生田原神社(遠軽町) 参拝 2023-05-22

生田原神社は遠軽町生田原に鎮座する無人の神社さん。
このページは、2023年5月22日に生田原神社を参拝した時の記録です。
生田原神社概要
| 住所 | 〒099-0701 北海道紋別郡遠軽町生田原237 | ||
| 駐車場 | なし | ||
| 社務所 | 無人 (本務社は丸瀬布神社) | ||
| 電話 | 0158-47-3601(丸瀬布神社) | ||
| 例祭日 | 9月20日 | ||
| 旧社格 | 村社 | ||
| 所属 | 北海道神社庁 | ||
| 摂社・末社 | 階段下に太子堂(?) 境内に祠有り | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 大正7年(1918年) | ||
生田原神社 鎮座地マップ
生田原神社のご祭神
ご祭神
大國魂神(おおくにたまのかみ)
少彦名神(すくなひこなのかみ)
大己貴神(おおなむちのかみ)
(いわゆる開拓三神)
国魂は国を神格化した存在であり、土地神、地主神のことを指す。北海道神宮に祀られた開拓三神としての大国魂神は北海道の土地神。
大国主神と共に国土を開拓したことから開拓三神の一柱として北海道に祀られた神。温泉の神、医療の神、酒造の神の側面も。
出雲大社に祀られ国土開発・経営を行った国造りの神である「大国主神」の別名。北海道を開拓し、社会を築くために欠かせない神様として開拓三神の一柱として祀られる。
表記:大那牟遅神 大穴牟遅神 など
別名:八千矛神(やちほこ-)葦原色許男(あしはらのしこを)宇都志国玉神(うつしくにたま-)など多数
明治天皇が未開の地だった北海道開拓にあたり、守護として祀るよう命じられた三神。
大國魂神・大那牟遅神・少彦名神
生田原神社のご由緒
草創期は僅かに住民が小祠を建て祭祀を行っていたが、大正7年相謀りて札幌神社に請願し3柱の大神の御分霊を拝戴し神殿を改築し生田原神社として祀ったことに始まる。昭和8年小森七郎より境内地の寄附を受け、昭和9年11月社殿の新築を行い境内諸般の整備がなされた。昭和12年6月神社の社格が認可され、昭和15年村社に列せられる。昭和21年宗教法人生田原神社とし設立され現在に至る。昭和31年8月西生田原神社(未公認)を合祀した 昭和51年11月現在の神社社務所及び宮司住宅を兼ねて建設した。
北海道神社庁のホームページから
写真でバーチャル参拝
鳥居をくぐり長い階段を登り、拝殿の前で参拝するまでの様子を、写真のスライドショーにまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2023年5月22日(月曜日)午後5時頃
生田原市街中心部で国道242号線から生田原公園に向かい、踏切を渡ってまっすぐ進むと突き当たりに鳥居が見えてきます。

生田原神社 ギャラリー
ご本殿
狛犬
社殿の前に鎮座する狛犬さんは高いところから見下ろしています。


末社など
社殿の近くの斜面には小さな祠や石碑がいくつか建っています。
社殿に近い側から見ていきます。
まず、参道の方を向くように建つ小さな祠。
その横には「記念碑」と刻まれた石碑(紀元2600年)。
その横にはかなりくたびれた大きめの祠。
長い階段押した右手には聖徳太子碑と祠。
鳥居の左手奥には大きな忠魂碑。
忠魂碑と鳥居の間には日本庭園のような空間も。
鳥居の右側奥には社務所と書かれた建物。
今は無人です。
生田原神社 御朱印情報
生田原神社の御朱印は丸瀬布神社でいただくことができます。
翌日丸瀬布神社にうかがうと拝殿の中に2社分の書き置きが用意されていました。

最後に
2023年5月22日、生田原神社参拝の記録でした。
今回は無理矢理100段以上の階段を登って参拝しました。
が、車で社殿のそばまで登ることができます。
鳥居の100mほど手前から左手に曲がり。グランドを巻くように登ります。

































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