西興部神社 (西興部村) 参拝 2023-05-21

西興部神社は西興部村市街中心部の高台に鎮座する無人の神社さん。
鳥居をくぐると長い階段が待っていますが、以外とすんなり登ることができました。
このページは、2023年5月21日に西興部神社を参拝した時の記録です。
西興部神社概要
| 住所 | 〒098-1501 北海道紋別郡西興部村西興部102 | ||
| 駐車場 | なし | ||
| 社務所 | なし | ||
| 電話 | なし | ||
| 例祭日 | 9月11日(?) | ||
| 旧社格 | 村社 | ||
| 所属 | 北海道神社庁 | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 大正10年(1921年) | ||
西興部神社 鎮座地マップ
西興部神社のご祭神
ご祭神
大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)
大己貴大神(おおなむちのおおかみ)
少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
いわゆる開拓三神
国魂は国を神格化した存在であり、土地神、地主神のことを指す。北海道神宮に祀られた開拓三神としての大国魂神は北海道の土地神。
出雲大社に祀られ国土開発・経営を行った国造りの神である「大国主神」の別名。北海道を開拓し、社会を築くために欠かせない神様として開拓三神の一柱として祀られる。
表記:大那牟遅神 大穴牟遅神 など
別名:八千矛神(やちほこ-)葦原色許男(あしはらのしこを)宇都志国玉神(うつしくにたま-)など多数
大国主神と共に国土を開拓したことから開拓三神の一柱として北海道に祀られた神。温泉の神、医療の神、酒造の神の側面も。
明治天皇が未開の地だった北海道開拓にあたり、守護として祀るよう命じられた三神。
大國魂神・大那牟遅神・少彦名神
西興部神社のご由緒
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村史に依ると「大正10年に及び阿部時平等議して、神殿拝殿の建築に到らしめ、同年9月札幌神社の御分霊を拝し瀬戸牛神社と称へ、瀬戸牛、六興、忍路子の守護神として、同月14日祭典を挙行せり」とある。昭和8年神社改築の声が高まり改築造営は柳田村長が委員長となり、設計は佐呂間村役場に委託、昭和9年7月1日着工、同年9月3日竣工した。総工費2350円、内訳1700円は村費、650円は氏子の寄進に依る。昭和10年11月村社に昇格、翌11年神饌幣帛料供進神社に指定された。昭和39年社殿腐朽が目立ち始め神社の改築が決まり、三浦新次らの提唱に依り、建築材は総てオンコ(イチイ)造りとし、建築材の1切は三浦新次の寄進により、同年9月竣工した。予算70万円、建築用オンコ材料代金約75万円は三浦新次の寄進に依り予算に含まれていない。
写真でバーチャル参拝
鳥居をくぐり長い参道を登り、拝殿の前で参拝するまでの様子を、写真のスライドショーにまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2023年5月21日(日曜日)午後3時過ぎ
天気など
西興部神社 ギャラリー
ご本殿
正面から見ると小さく見えますが奥行は意外とある社殿。ご本殿もしっかりありました。
狛犬
社殿の前の鎮座する狛犬さんの表情がいいですね。


忠魂碑
境内の右手に建つ忠魂碑。
夏になると草に覆われてしまいそうな気が・・・


地神碑
忠魂碑の更に右側奥に地神碑。


ちなみに正面に天照皇大御神、反時計回りに
- 大地主大神(おおとこぬしのおおかみ)
- 埴山姫大神(はにやまひめのおおかみ)
- 水泡賣大神(みずはのめのおおかみ)
- 少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
と刻まれています。
地神碑の方から社殿を見ると境内が広いことがわかります。
あれこれ
大きな岩をくり抜いた手水鉢。


至るところが苔むしています。


参道の階段と坂道のようす。
夏になると草が伸びるのかな〜?
ちなみに階段は下から
6段-15段-16段-16段-16段-13段-19段
全部で101段。


社殿の左手にあるこちらの建物はなんでしょう?
昔の社殿?神輿庫?
社殿から出る煙突を懐かしいと思うのは、年を取った証しですね。
西興部神社 御朱印情報
西興部神社の御朱印はありません。
最後に
2023年5月21日、西興部神社参拝の記録でした。
長い階段を登って境内に入ると、なぜか気持ちがホッと和らいだのを思い出します。

























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