海神社 (寿都町) 参拝 2023-10-21

海(わたつみ)神社は寿都町磯谷に鎮座する無人の神社さん。
このページは、2023年10月21日に海神社を参拝した時の記録です。
海神社概要
| 住所 | 〒048-0351 北海道寿都郡寿都町磯谷町能津登15 | ||
| 駐車場 | 鳥居の横にスペースあり | ||
| 社務所 | なし | ||
| 電話 | 0136-62-2231(寿都神社) | ||
| 例祭日 | 9月16日 | ||
| 旧社格 | 村社 | ||
| 所属 | 北海道神社庁 | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 文化4年(1807年) | ||
海神社 鎮座地マップ
海神社のご祭神
ご祭神
豊玉彦命(とよたまひこのみこと)
豊玉比賣命(とよたまひめのみこと)
倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
日本神話の海の神、日本書紀の海幸・山幸神話に登場する海神(わたつみのかみ)のこと。
表記:豊玉比古命 豊玉毘子命など
別名:綿津見神 和多都美神 海神 少童命など
日本神話の女神。海神(わたつみ)の娘で竜宮に住むとされる。初代神武天皇の父、鸕鶿草葺不合尊の母であり、天皇の母の玉依姫の姉にあたる。本当の姿は八尋の大和邇(やひろのおおわに)。
表記:豊玉毘売命、豊玉姫命など
稲に宿る神秘的な精霊の意で、稲の精霊を神格化した神。
稲荷神社のご祭神で古事記に記される宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と同神。
海神社のご由緒
社伝によると文化4年(1807)のある日、漁師が尻別川で漂流の木像2体を拾い揚げてみると1体の背に「いそやのたけ寛文六年丙午八月十一日初登浦山圓空」とあり、もう1体の背には「らいねんの山」とあり、2体あわせて能津登岬の洞窟内に奉斎した。その後、地元住民の豊漁祈願のため協議の結果天保2年社殿を建立し奉遷する。爾来海神と称して奉祀してきた。明治9年10月村社に列せられる。同22年1月18日能津登村稲荷神社の合祀が許可される。明治33年2月8日社殿の改築を出願し、同年3月16日許可を得て5月18日に竣功する。
北海道神社庁のホームページから
由緒に出てくる圓空(円空)は江戸時代前期の修験僧で仏師・歌人。「円空仏」と呼ばれる独特の作風を持った木彫りの仏像を残したことで知られ、一説には生涯で約12万体彫ったといわれます。
これまで5300ほどの像が発見されていますが、神社で祀られているのは非常に珍しいそうで、北海道の神社では海神社のほか、苫小牧の錦岡樽前山神社がよく知られているかと思います。
写真でバーチャル参拝
スライドショーにするほどではありませんが・・・
鳥居をくぐり参道を歩き、拝殿の前で参拝するまでの様子をまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2023年10月21日(土曜日) 午前8時50分頃
逆光で見づらいです・・・
海神社 ギャラリー
狛犬
広くはない境内に狛犬さんが3対鎮座しています。
社殿の前に鎮座する新しい狛犬さんは平成18年に奉納されたもの。


その手前に鎮座する狛犬さんは風化が激しく顔の表情はわかりませんが阿吽の区別だけはつきそうです。


参道の中ほどにある灯籠の上にのった小さな狛犬さん(だと思われます)。
顔の表情だけでなく手足の区別もなく阿吽の区別もつきません。


忠魂碑
社殿に向かって左側のひときわ大きな石碑は忠魂碑。
正八位藤田常作君紀念碑
社殿に向かって右側の石碑には「紀念碑 正八位藤田常作君」と刻まれています。
あれこれ
参道右手に錆びた錨が置かれています。
社殿から海の方を臨みます。
海神社 御朱印情報
海神社の御朱印はありません。
最後に
2023年10月21日、海神社参拝の記録でした。



















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