勝山神社(置戸町) 参拝 2023-05-03

勝山神社は置戸町市街から8kmほど離れた勝山地区の高台に鎮座する無人の神社さん。
このページは、2023年5月3日に勝山神社を参拝した時の記録です。
勝山神社概要
| 住所 | 〒099-1252 北海道常呂郡置戸町字勝山148 | ||
| 駐車場 | 社殿左手にスペース | ||
| 社務所 | 無人 | ||
| 電話 | 0157-52-3566(置戸神社) | ||
| 例祭日 | 9月15日 | ||
| 旧社格 | 無格社 | ||
| 所属 | 北海道神社庁 | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 大正元年(1912年) | ||
勝山神社 鎮座地マップ
勝山神社のご祭神
ご祭神
誉田別命(ほんだわけのみこと)
足仲彦命(たらしなかひこのみこと)
息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
第15代応神天皇のこと。第14代仲哀天皇の第4皇子。母は神功皇后。後に八幡信仰と結びつく。
表記:品陀和気命など
別名:大鞆別命(おおともわけのみこと)、品太(ほむた)天皇など
第14代仲哀天皇のこと。妃は神功皇后。15代応神天皇の父。記紀神話では、神の神託を無視して熊曾討伐を試みたため急死したとされる。
表記:帯中日子命など
第14代仲哀天皇の皇后・神功皇后のこと。住吉三神と共に住吉大社のご祭神でこの4柱を合わせて住吉大神と呼ぶことも。
表記:息長帯比売 大帯比売 大足姫 大帯日 など
別名:気長足姫 神功皇后
勝山神社のご由緒
勝山神社は大正元年9月14日、佐坂農場の持主であった佐坂竹太郎が開拓の鍬を入れるにあたり、無事息災祈願の社として、郷里徳島県羽浦村の八幡神社より御分霊をいただき、現在地に八幡神社として創祀したのが初めで、昭和29年に宗教法人勝山神社として当時の責任役員、総代が神社本庁に申請設立して現在に至る。その後境内地は地域住民の手により、年々桜、つつじ等が移植され、つつじが丘公園として花見を楽しむ行楽地となっていたが、近年桜の木も老木となり立枯れも目立ち、この地区の過疎化が進み氏子の力だけでは保全管理もできないために、昭和58年5月、勝山神社春季祭典の会議の中でこの境内地を置戸町に無償で譲渡して管理整備をしてもらうことに決議された。その後、北海道神社庁と責任役員・総代との話合いが持たれ、町との約束により、無料貸与して鎮守の社の尊厳を維持し、公園として整備管理することとなった。平成12年3月、社殿の老朽化に伴い、増改築奉賛会を設立、屋根葺き替え、土台改修、境内整備を進め、同年10月に奉祝祭、落成祝賀会が挙行された。
北海道神社庁のホームページから
写真でバーチャル参拝
鳥居をくぐり参道を歩き、階段を登って拝殿の前で参拝するまでの様子を、写真のスライドショーにまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2023年5月3日(水曜日)7時45分頃
勝山神社 ギャラリー
ご本殿
お寺さん風の社殿ですがご本殿はしっかりあります。
狛犬


雑景


勝山神社 つつじヶ丘チャシ跡
勝山神社の境内右手奥につつじヶ丘チャシ跡と刻まれた石碑が建っています。


(ウィキペディアによると)
チャシとは主に近世にアイヌが築造したある種の施設であって、高い場所に築かれ、壕や崖などで周囲と切り離された施設である。
戦いのための砦ということですが、常呂川を見下ろす景色は絶景です。
チャシ跡碑のそばに建つ御神木・ミズナラの木。
樹齢は400年以上とされます。
大火や落雷で一部が焼けてしまったが、強い生命力で立派に育っている旨が看板に書かれています。


勝山神社は置戸町のさくらの名所
勝山神社はさくらの名所としても有名。
参拝した日は見頃には少し早かったものの、満開になったら素晴らしい景色になるのは間違いないことが想像できました。




勝山神社 御朱印情報
勝山神社の御朱印は置戸神社でいただくことができます。
置戸神社の拝殿の前に、書き置きで用意されていました。
(日付は入っていませんでした)

置戸神社、仁頃神社の御朱印も一緒に並べてありました。
最後に
2023年5月3日、勝山神社参拝の記録でした。
今回は歩いて階段を登りましたが、階段を登るのはきついよという場合は、鳥居の左手から車で登ることができます。境内の左手に駐車スペースがあり、数台なら余裕で駐めることができます。
























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