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赤井川神社 (赤井川村) 参拝 2023-07-22

赤井川神社
赤井川神社(赤井川村)

赤井川神社は赤井川村市街中心部に鎮座する無人の神社さん。

神社には珍しいカラフルな社殿がとても印象に残っています。

このページは、2023年7月22日に赤井川神社を参拝した時の記録です。

赤井川神社概要

住所〒046-0501
北海道余市郡赤井川村赤井川306番地
駐車場社殿の横にスペースあり
社務所なし
電話拝殿入口に掲示
例祭日9月15日
旧社格無格社
所属北海道神社庁
摂社・末社なし
公式サイトなし
創建明治38年(1905年)

赤井川神社 鎮座地マップ

赤井川神社のご祭神

ご祭神
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
豊受大神(とようけのおおかみ)
品陀別命(ほんだわけのみこと)

天照大御神(あまてらすすめおおみかみ)

日本神話の女神。太陽神。高天原の主宰神。皇室の祖先神。皇大神宮(伊勢神宮内宮)のご祭神。
表記:天照大神 天照皇大御神 など
別名:大日孁貴神(おおひるめむちのかみ)など

豊受大神(とようけのおおかみ)

日本神話に登場する神。豊受大神宮(伊勢神宮外宮)の御祭神。天照大神の食事の世話をする神といわれる。「うけ」は食べ物のことであることから稲荷神と同一視されるようになる。
表記:豊受気媛神、登由宇気神、豊岡姫、等由気太神 豊宇気毘目大神など

品陀別命(ほんだわけのみこと)

第15代応神天皇のこと。第14代仲哀天皇の第4皇子。母は神功皇后。後に八幡信仰と結びつく。
表記:誉田別命 品陀和気命など
別名:大鞆別命(おおともわけのみこと)、品太(ほむた)天皇など

赤井川神社のご由緒

 開墾のため入植した各団体の人達は、出身地の氏神を奉じて祭典の期日もまちまちであった。明治38年2月11日日露戦役戦勝を記念し、北丸山の山頂に各団体の神社を合祀することにし、有志5名が2円50銭で社殿をつくり応神天皇を祀ったのがはじまりである。鎮座地を北丸山にしたのは、明治28年11月山道団体の地勢調査員より、「将来神社を置くべきところ」との意見による。以後、例大祭日を9月15日とした。しかし、山頂にあり年輩者の参拝が困難であったことから、青年団が中心となって、大正2年9月、北丸山山麓に移転した。大正3年5月下旬の山火事で社殿が類焼状態となったため、御神体のみ御動座し、当分の間、遥拝所に安置していた。昭和17年、字赤井川405番地に社殿を新築したが昭和33年焼失した。昭和18年8月無格社から村社に昇格した。現在のものは、昭和36年8月30日、字赤井川306番地の3に社殿を新築したものである。社務所は老朽化のため、平成6年5月、解体撤去した。

北海道神社庁のホームページから

写真でバーチャル参拝

参道を歩いて鳥居をくぐり、拝殿の前で参拝するまでの様子を、写真のスライドショーにまとめました。

全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊

参拝日:2023年7月22日(土曜日) 午前11時半頃

道道36号線沿い赤井川村生活改善センター向かいに参道の入口があります。

社号標だけなのでわかりづらいですが・・・

赤井川神社 参道入口

  • 赤井川神社 参道入口
    ここから参道。車は入れません。
  • 赤井川神社 社号標
    社号標の文字の一部がかすれています。
  • 赤井川神社 参道と車道の交差点
    坂を登り切ると参道を車道が横切ります。
  • 赤井川神社 並木道の参道
    車道を渡ると開けた参道は並木道に変わります。
  • 赤井川神社 鳥居
    並木道の終点付近に一の鳥居。軽く一礼してくぐります
  • 赤井川神社 境内
    鳥居をくぐると再び開けてきます。
  • 赤井川神社 手水舎
    右手には立派な手水舎。
  • 赤井川神社 手水鉢
    手水鉢には蓋がされていました。
  • 赤井川神社 社殿
    神社とは思えないポップな色合いの社殿の前に進みます。
  • 赤井川神社 社殿の廂
    千木や鰹木はなくシンプルな造り。
  • 赤井川神社 社殿の扁額
    扁額はどこか手作り風。
  • 赤井川神社 拝殿の前
    風除室の扉だけ開きました。鈴を鳴らしお賽銭を入れ二礼二拍手一礼にて参拝しました。
  • 赤井川神社 拝殿の賽銭投入口
    ちなみにお賽銭は扉の隙間から入れます。
  • 赤井川神社 拝殿の中
    失礼してガラス越しに中を撮影しました。

赤井川神社 ギャラリー

ご本殿

ご本殿もポップでシンプルです。

赤井川神社 本殿

狛犬

赤井川神社の狛犬さんは鳥居と手水舎の間に鎮座しています。

昔風ですが愛嬌のある表情です。

忠魂碑

社殿の手前左手に草に覆われた広いスペースがあります。

赤井川神社 境内左手のスペース

この突き当たり右手にとても立派な忠魂碑が建っています。

ブロック塀に囲われ中は石畳が敷かれています。

赤井川神社 忠魂碑全景

あいにく工事中でした。

赤井川神社 忠魂碑

地神碑

忠魂碑の反対側に石碑が見えます。

赤井川神社 忠魂碑前から地神碑を見る

立派な題材に乗った地神碑

天照皇大神を正面に反時計回りに

大己貴命
少彦名命
埴安媛神
豊受媛神

と刻まれています。

赤井川神社 地神碑

地神碑とは

五角柱の石碑。春は神々に五穀豊穣を祈願し、秋には収穫を感謝するため神々を祀ったのがその由来。石柱のそれぞれの面には「天照大神」「倉稲魂命」「少彦名命」「埴安媛命」「大己貴命」の5柱の神名が刻まれることが多い。

エトセトラ

赤井川神社 御朱印情報

赤井川神社の御朱印は小樽に住む宮司さんの自宅でいただくことができます。

拝殿に電話番号が掲示されているので連絡し、打ち合わせの上取りにいくシステムのようです。

赤井川神社 拝殿の案内

今回はこちらの都合で御朱印はいただきませんでした。

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最後に

2023年7月22日、赤井川神社参拝の記録でした。

昔ながらの灯籠や狛犬と、今風のカラフルでポップな社殿とのギャップがおもしろかったです。

赤井川神社 参道から社殿を見る

ちなみに拝殿の張り紙に書かれた

「神は人の敬によって威を増し、人は神の徳によって運を添う」

は、日本で初めて武士により作られた法令「御成敗式目」の第一条の冒頭に書かれた言葉です。

武家政権においても神社が一番大事だという基本精神は、江戸時代の終わりまで続き明治時代につながります。