石狩大橋水天宮 (江別市) 参拝 2024-05-26

石狩大橋水天宮は江別市緑町、石狩大橋の側に鎮座する無人の神社さん。
このページは、2024年5月26日に石狩大橋水天宮を参拝した時の記録です。
神社の正式名称は「水天宮」だと思われますが、この記事では神社の幟に書かれている「石狩大橋水天宮」としています。
石狩大橋水天宮概要
| 住所 | 〒067-0003 北海道江別市緑町東3丁目 | ||
| 駐車場 | なし(緑町第一自治会館横にスペースあり) | ||
| 社務所 | なし | ||
| 電話 | なし | ||
| 例祭日 | 7月第一日曜日 | ||
| 旧社格 | ? | ||
| 所属 | なし | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | ? | ||
石狩大橋水天宮 鎮座地マップ
石狩大橋水天宮のご祭神
ご祭神
天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)
安徳天皇(あんとくてんのう)
建礼門院(けんれいもんいん)
二位の尼(にいのあま)
石狩大橋水天宮のご祭神として明記されたものはありませんが、一般的に水天宮のご祭神といえばということで書いています。
古事記の神話で高天原に最初に現れる起源神。水天という仏教における水の神は元々インドの始原神ヴァルナだったことから、明治の神仏分離の際、同じ始原神ということで、水天を祀る水天宮の祭神は天之御中主神に変更された
第81代天皇。数え年3才(満年齢1才2ヶ月)で即位。壇ノ浦での源平合戦で平家が敗れた際、二位の尼に抱かれて8歳の時に海に沈む。在位のまま入水したことから水天皇と呼ばれ水天と同一視された。史上最短命で戦乱で命を落とした唯一の天皇。
第81代安徳天皇の母、第80代高倉天皇の皇后、平清盛の娘。平徳子(たいらのとくし)。壇ノ浦の戦いで入水するも助かって京にもどり出家する。
平清盛の正室・平時子(たいらのときこ)のことで建礼門院の母。壇ノ浦の戦いで平家が敗れ、孫の第81代安徳天皇を抱いて入水する。
石狩大橋水天宮のご由緒
北海道神社庁誌には住所、例祭日、神職名のみ記載がありました。
詳しい由緒はわかりませんが「水難者の供養のために建てられた」といわれています。
? ? ?
写真でバーチャル参拝
スライドショーにするほどではありませんが・・・
鳥居をくぐり参道を歩き参拝するまでの様子をまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2024年5月26日(日曜日) 午前8時10分頃
石狩大橋水天宮 ギャラリー
ギャラリーというほど写真はありませんが・・・
狭い境内ですが気持ちが落ちつきます。


狛犬
社殿の前には年季の入った狛犬さん。


灯籠
小さいながらも風情のある灯籠。


石狩大橋水天宮 御朱印情報
緑町水天宮の御朱印はありません。
最後に
2024年5月26日、石狩大橋水天宮参拝の記録でした。
狭い境内ですが気持ちがとても落ち着きました。
















ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません