崎守神社 (室蘭市) 参拝 2022-05-02

崎守神社は室蘭市で最初に開けた場所の一つ、崎守町に鎮座する無人の神社さん。
室蘭の地名発祥の坂を登った先にあり、境内全域が史跡「東蝦夷地南部藩陣屋跡」として指定されています。
このページは、2022年5月2日に崎守神社を参拝した時の記録です。
崎守神社概要
| 住所 | 〒050-0055 北海道室蘭市崎守町187番地 | ||
| 駐車場 | あり | ||
| 社務所 | なし | ||
| 電話 | 0143-22-2428(室蘭八幡宮) | ||
| 例祭日 | 9月9日 9月第2日曜 | ||
| 旧社格 | 郷社 | ||
| 所属 | 北海道神社庁 | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | 弘化元年(1844年)? | ||
崎守神社 鎮座地マップ
崎守神社のご祭神
ご祭神
保食神(うけもちのかみ)
日本神話の女神。日本書紀の食物起源の神話に登場。食物神である宇迦之御魂神と同一視され、稲荷神社に祀られることもある。(「うけ」は食物を意味する)
表記:宇気母智神など
崎守神社のご由緒
弘化元年(1844)ムロラン会所を為し居りし岡田半兵衛の創立と伝承されているが、創立年月日不詳。明治8年9月郷社と公称。昭和21年宗教法人設立。
北海道神社庁ホームページから
室蘭発祥の地、崎守町の鎮守である崎守神社は、今から170年ほど前の天保10年(1839)ころに建てられ、市内最古とされています。しかし、一方では、嘉永2年(1849)という説もあり、これが正しいとすると、弘化元年(1844)に建てられた絵鞆神社が市内最古になります。いずれにしても、当時のムロラン(現在の崎守町)は、東蝦夷地の交通の要路として、この地方最大の集落を形成し、多くの人たちの心のよりどころだったのでしょう。
ふるさと室蘭ガイドブックから
崎守とは防人(さきもり=都から遠く離れた土地を守る)と同じ意味で、南部陣屋の出張台場がこの地にあった明治元年(1868)のころから崎守神社と呼ばれていたようです。
写真でバーチャル参拝
崎守神社へは「ムロラン地名発祥の坂」を登っていくと、境内の横まで行くことができます。

このスライドショーではこの坂を登らず、もう少し先にある本来の参道(?)を歩いたものをまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2022年5月2日(月曜日)午前8時半頃 日差しが和かな参拝にピッタリの日でした。
ムロラン地名発祥の坂を登る
ムロラン地名発祥の坂は車で上ることができます。
内村牧場さんの向かい側に車を駐めるスペースがあります。ここが境内への入口になります。
「史跡 東蝦夷地南部藩陣屋跡モロラン陣屋跡 台場勤番所跡」と書かれた石碑。
社殿までは200mほど歩きます。


ギャラリー
狛犬と狛狐
二の鳥居の手前には狛犬と狛狐が一対ずつ鎮座しています。
赤いエプロンは定期的に変えられているようです。






山神の碑
手水鉢の横には「山神」と刻まれて碑が。


社殿の彫刻
崎守神社の社殿は一見シンプルで、正面から見ると普通の家のようにも見えます。
が、柱などをよく見ると、手の込んだ彫刻がたくさん施されていて、大切な神社であったことがわかります。




台場跡
崎守神社一帯は見晴らしがよく白鳥湾の湾口を一望することができます。
そのため、南部藩モロラン陣屋の出張所のような位置づけとして「ポロシレト台場勤番所」と呼ばれる台場(砲台を設置する場所)と勤番所(役人の詰め所)が置かれていました。
かつて台場や建物を守っていた土塁が今も境内に残されています。




崎守神社 御朱印情報
崎守神社の御朱印はありません。
最後に
2022年5月2日、崎守神社参拝の記録でした。

























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