忠和神社 (旭川市) 参拝 2024-05-07

忠和神社は旭川市忠和の林の中に鎮座する無人の神社さん。
このページは、2024年5月7日に忠和神社を参拝した時の記録です。
忠和神社概要
| 住所 | 〒070-8021 北海道旭川市神居町忠和 | ||
| 駐車場 | なし(スペースあり) | ||
| 社務所 | なし | ||
| 電話 | なし | ||
| 例祭日 | ? | ||
| 旧社格 | ? | ||
| 所属 | なし | ||
| 摂社・末社 | なし | ||
| 公式サイト | なし | ||
| 創建 | ? | ||
忠和神社 鎮座地マップ
忠和神社のご祭神
ご祭神
国常立尊(くにとこたちのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉冊尊(いざなみのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)
忠和神社のご祭神として明記されたものはありませんが、奈良県十津川村の玉置神社のご祭神が祀られているという情報を元に記しています。
日本神話の神。「日本書紀」では天地開闢の際に最初に現れた第一神として記される。「国」を「国土」、「常」を「永久」と解釈し、「国土が永久に続くこと」を意味する神とされる。
表記:国之常立神
日本神話の神。天地開闢後神世七代の最後の神としてイザナミと共に産まれる。夫婦神としてイザナミと協力し日本国土やアマテラスやスサノオを始めとする多くの神々を生む。イザナミの死後禊ぎによっても多くの神を生む。
表記:伊邪那岐神 伊弉諾神
日本神話の神。天地開闢後神世七代の最後の神としてイザナミと共に産まれる。イザナギと協力し日本国土やアマテラスなど多くの神々を生む。火の神を生んだあと亡くなり黄泉の主宰神となる。
表記:伊弉冉、伊邪那美など
別名:黄泉津大神 道敷大神
日本神話の女神。太陽神。高天原の主宰神。皇室の祖先神。皇大神宮(伊勢神宮内宮)のご祭神。
表記:天照大神 天照皇大御神 など
別名:大日孁貴神(おおひるめむちのかみ)など
初代神武天皇の和風諡号。記紀神話では天照大御神の五世孫。神武東征で日本を統一し畝傍橿原宮で即位し日本国を建国したとされる。
表記:神倭伊波礼毘古命
別名:始馭天下之天皇 豊御毛沼命など
忠和神社のご由緒
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詳しい由緒は不明のままですが
- 玉置神社(奈良県十津川村)のご祭神を祀る
- ソ連から日本を守護する神社
という情報が寄せられました。
ちなみに玉置神社は創建が第10代崇神天皇の頃とされ、日本最古の神社の一つともいわれます。また「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されています。
写真でバーチャル参拝
スライドショーにするほど写真がありません。
参拝した証しとして撮影した忠和神社の写真を何枚か掲載します。
参拝日:2024年5月7日(火曜日) 午前11時50分頃
小雨が降る中での参拝&撮影
水神龍王神社から1.5kmほどにある旭川市の下水処理場の前から道道と別れて細い道に入ります。
道なりに400mほ進むと舗装が途切れで行き止まりに。その前方の林の中に鎮座します。


ここは長靴に履き替えて参道を進みます。
鳥居の下に建つ小さな灯籠が珍しい形です。
遠くから見るとそうは見えませんがけっこう急な坂道です。
かなりくたびれた社殿です。
鈴も賽銭箱もありませんでしたが・・・二礼二拍手一礼にて参拝しました。
今にも崩れ落ちそうな社殿ですが、本殿と思われる部分がありました。
社殿の右手には地神碑が建っていました。
よく見る地神碑の神様とは異なる神様が刻まれています。
正面から反時計回りに
天照皇大神-大己貴命-少彦名命-伊弉諾伊弉冉命-國常立尊
ちなみに伊弉諾伊弉冉命は多くの神々を生み、天照皇大神の父母神である伊弉諾尊・伊弉冉尊のこと、
國常立尊は日本書紀においては最初に現れた神様、ということになっています。
忠和神社をもののけ神社と呼ぶのは妥当なのか?
忠和神社のことを初めて知ったとき、GoogleMapのこんな口コミが強く印象に残っていました。
嘘か本当か、ネット上ではもののけ姫に出てきそうだからもののけ神社と呼ばれているとか。
GoogleMapの口コミから抜粋
今回忠和神社で参拝するに当たり、この口コミが妥当なのか否かを判断しようと思ってました。
で、実際にみて思うのは・・・
どちらかというと妥当ではない
もののけ神社という印象からは、もっともっと広い森のなかにポツンとあるイメージだったのですが・・・
木々に囲まれてはいますが上から見下ろしても人工物である道路や大きな建物が見えたりと、見る前のイメージとはかなりかけ離れていたことが「妥当でない」とした一番の理由。
ただ、坂道の参道に見える木の根っこが浮き上がっている様子を見ると、そう呼ばれてもおかしくはないかなと感じたことが「どちらかといえば」の理由になります。
あと参拝したのが5月上旬ということで、本格的な緑の季節になったらもう少し印象が変わるかもしれないというのも「どちらかといえば」の理由になるでしょう。
個人的には忠和神社のことを「もののけ神社」ということはありえない!
というのが実際に忠和神社を参拝してみての結論です。
忠和神社 御朱印情報
忠和神社の御朱印はありません。
最後に
2024年5月7日、忠和神社参拝の記録でした。
















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