上川神社 (旭川市) 参拝 2024-05-06

上川神社は旭川市神楽岡公園に鎮座する旭川の鎮守さま。
このページは、2024年5月6日に上川神社を参拝した時の記録です。
上川神社概要
| 住所 | 〒078-8327 北海道旭川市神楽岡公園2 | ||
| 駐車場 | 参道横 | ||
| 社務所 | 9:00〜17:00 | ||
| 電話 | 0166-65-3151 | ||
| 例祭日 | 7月21日 | ||
| 旧社格 | 県社 | ||
| 所属 | 北海道神社庁 | ||
| 摂社・末社 | 旭川天満宮 | ||
| 公式サイト | 公式サイト 公式Instagram 公式Facebook | ||
| 創建 | 明治26年(1893年) | ||
上川神社 鎮座地マップ
上川神社のご祭神
ご祭神
主神
天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)
大己貴大神(おおなむちのおおかみ)
少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
左座
豊受姫神(とようけひめのかみ)
大物主神(おおものぬしのかみ)
天乃香久山神(あめのかぐやまのかみ)
建御名方神(たけみなかたのかみ)
譽田分命(ほんだわけのみこと)
敦實親王(あつみしんのう)
右座
鍋島直正命(なべしまなおまさのみこと)
黒田清隆命(くろだきよたかのみこと)
永山武四郎命(ながやまたけしろうのみこと)
岩村通俊命(いわむらみちとしのみこと)
日本神話の女神。太陽神。高天原の主宰神。皇室の祖先神。皇大神宮(伊勢神宮内宮)のご祭神。
表記:天照大神 天照皇大神 など
別名:大日孁貴神(おおひるめむちのかみ)など
出雲大社に祀られ国土開発・経営を行った国造りの神である「大国主神」の別名。
表記:大穴牟遅神 大那牟遅神 など
別名:八千矛神(やちほこ-)葦原色許男(あしはらのしこを)宇都志国玉神(うつしくにたま-)など多数
日本神話の神。大国主神と共に国土を開拓にたずさわる小人神。豊かな知識と技術で困難を解決。温泉の神、医療の神、酒造の神の側面も。
表記:少名毘古那神 など
日本神話に登場する神。豊受大神宮(伊勢神宮外宮)の御祭神。天照大神の食事の世話をする神といわれる。「うけ」は食べ物のことであることから稲荷神と同一視されるようになる。
表記:豊受気媛神、登由宇気神、豊岡姫、等由気太神 豊宇気毘目大神など
日本神話の神「大国主命」の別名またはその「幸魂・奇魂」の神名といわれる。古事記の国作り神話、三輪の伝説など神話のエピソードは多数あり。奈良県の古社大神神社のご祭神であり、全国の金刀比羅神社のご祭神。
日本神話の神。先代旧事本紀では尾張氏の祖とされる。新潟県弥彦村に鎮座する彌彦神社の御祭神で越後国開拓の祖神として信仰される。
表記:天香山命 天香語山命
別名:弥彦大神 (伊夜比古大神 伊夜彦大神)
日本神話の神。大国主の御子神。古事記の国譲り神話で建御雷命と対決するも、負けて今の長野県に逃げる。全国諏訪神社の総本社「諏訪大社」のご祭神。
別表記:建御名方神(たけみなかたのかみ)・御名方富命神(みなかたとめのかみ)など
第15代応神天皇のこと。第14代仲哀天皇の第4皇子。母は神功皇后。後に八幡信仰と結びつく。
表記:品陀和気命など
別名:大鞆別命(おおともわけのみこと)、品太(ほむた)天皇など
第59代宇多天皇の第八皇子で宇多源氏の祖。歌・管弦・蹴鞠などに通じた才人。
江戸時代末期の大名。肥前佐賀藩10代藩主。蝦夷地開拓督務(のちの開拓使長官)となり、北海道開拓に力を注ぐ。
江戸時代末期、薩摩藩士として幕末に薩長同盟のため奔走。明治になり初代開拓次官で第三代の開拓長官。後に第2代内閣総理大臣。
薩摩国生まれ。明治時代の陸軍軍人。 第二代北海道庁長官。旭川市内の地名にその名を遺す。
江戸時代末期の武士、明治時代の官僚、政治家。初代北海道庁長官。
上川神社のご由緒
明治26年7月15日上川地方開拓守護の神、旭川の鎮守として市街予定地「に」通4丁目から7丁目に至る義経台即ち現在の宮下通4丁目より7丁目に至る地に、天照皇大御神1柱を奉祀したのを創祀とし、同31年7月6、7条通8丁目に奉遷、更に同35年12月宮下通21丁目に奉遷。翌36年1月26日創立許可せられ同37年7月に大己貴大神、少彦名大神2柱を合祀し、同39年11月26日村社に、同40年6月1日神饌幣帛料供進神社に指定され、大正2年11月14日に明治39年8月27日創立公認の無格社近文神社を合祀、同4年6月29日郷社に、同12年12月18日県社に昇格、同13年6月6日現社地神楽岡に奉遷した。昭和21年7月16日宗教法人神社本庁に属し、同年10月2日宗教法人令による法人となり、同29年4月16日宗教法人法による法人となった。同30年7月1日神社本庁別表神社に指定された。平成4年上川地方開拓に功労のあった岩村通俊命を合祀、同5年7月御創祀百年祭を斎行した。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
無格社近文神社 天照大御神、大己貴神、少彦名神、豊受姫神、大物主神、天乃香久山神、建御名方神、譽田分命、敦実親王、鍋島直正命、黒田清隆命、永山武四郎命 明治39年8月27日創祀 大正2年11月4日合祀
写真でバーチャル参拝
車での参拝だと手水舎の手前辺りから拝殿の方に進みますが・・・
今回は駐車した後一の鳥居まで下りました。



その後あらためて一の鳥居からの参拝全工程を写真のスライドショーにまとめました。
全部見ると本当に参拝した気分になれるかも・・・😊
参拝日:2024年5月6日(月曜日) 午前9時頃
小雨が降る中傘を差しながらの参拝&撮影。
上川神社 末社 旭川天満宮
上川神社の境内には末社の旭川天満宮が鎮座しています。
こちらは由緒などを含め、別記事にまとめました。

旭川天満宮参拝の記録へジャンプ
上川神社 ギャラリー
ご本殿
ご本殿を撮影しようと裏手の方に行きましたが・・・
立ち入り禁止の看板があって進めませんでした。
狛犬
社殿の手前に鎮座する狛犬さん。


史蹟 上川離宮予定地
離宮とは皇居以外に設けられた宮殿のこと。
境内の説明書きには次のように書かれています。
神楽岡は 明治天皇が明治二十一年この岡を上川離宮(皇居のほかにある天皇の宮殿のこと)の予定地と宣達あらせられた歴史的意義深い地である。これは本神社配祀の 祭神である第二代北海道庁長官・屯田兵司令官永山武四郎将軍が、初代道庁長官岩村通俊の北京を上川におく上川開発の素志をつぎ、幾多の辛酸をなめて明治二十一年九月 二十日この岡に登り、離宮造営を決意し、上川の清き流れに身をそそぎ 神楽の岡に行幸仰がん。 畏みし神のまします位山 民仰ぐべき行幸を待つ。と詠まれ、○○年十一月上川離宮造営の建白があったことによるもので、当時将軍が書かれたこの御歌短冊は神社の宝物となっている。


あれこれ






社務所の前にある小さな池のししおどしに癒されました。
ちなみに社務所の方から直接境内に進むことができるようです。






上川神社 御朱印情報
上川神社の御朱印は社務所でいただくことができます。

境内社の旭川天満宮、兼務社の雨紛神社の御朱印もいただくことができます。
今回はすべて御朱印帳に書いていただきました。

最後に
2024年5月6日、上川神社参拝の記録でした。
























ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません