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巣守神社 (江別市) 参拝 2024-05-19

巣守神社
巣守神社(江別市)

巣守神社は江別市中島に鎮座する無人の神社さん。

このページは、2024年5月19日に巣守神社を参拝した時の記録です。

巣守神社概要

住所〒067-0053
北海道江別市中島34
駐車場なし
社務所なし
電話なし
例祭日9月5日
旧社格
所属なし
摂社・末社なし
公式サイトなし
創建明治34年(1901年)頃

巣守神社 鎮座地マップ

巣守神社のご祭神

巣守神社のご祭神として明記されたものはありません。

新潟県の旧北魚沼郡広瀬村に鎮座する巣守神社のご祭神は下の通りです。

ご祭神
高皇産霊神(たかみむすびのかみ)
神皇産霊神(かみむすびのかみ)

高御産巣日神(たかみむすびのかみ)

日本神話の神。古事記で天地開闢の際、高天原に2番目に現れた造化三神の一柱。「産霊(むすひ)」は生産・生成を表し「創造」を神格化した神といわれる。
表記:高皇産霊尊
別名:高木神

神産巣日神(かみむすびのかみ)

日本神話の神。古事記では天地開闢の際、高天原に3番目に現れる造化三神の一柱。「産霊(むすひ)」は生産・生成を表し、創造を神格化した神。古事記では少名毘古那神の父神とされる。
表記:神皇産霊尊 神魂命 など

巣守神社のご由緒

 北海道神社庁誌には住所と神職の名前が書かれているだけでしたがWeblioに由緒の概略が書かれていました。

  1901年(明治34年)、新潟県北魚沼郡広瀬村出身の佐藤栄次郎が、自家の守り神として故郷の巣守神社の神符を持参して、野幌北越殖民社農場に入った。しかし佐藤は、土地が狭く水害の多い野幌に数年で見切りをつけ、対雁川下に再入植することとなる。 おそらく1935年(昭和10年)に地域が「中島」と改称されたころ、住民たちを団結させるための鎮守の杜が希求され、佐藤が持参した巣守神社の神符が地域全体の守り神へと昇格したのではないかと考えられる。 当初の神社は石狩川右岸に設けられたが、水害や築堤工事で移転を重ね、1955年(昭和30年)ころ現在地に落ち着いた。 1985年(昭和60年)ころに篠津神社への合祀の話が持ち上がったが、実現はしなかった。

Weblioから

写真でバーチャル参拝

スライドショーにするほど写真がありません。

参拝した証しとして撮影した巣守神社の写真を何枚か掲載します。

参拝日:2024年5月19日(日曜日) 午前10時30分頃

畑がひろがり農家が点在する中嶋地区の一角に鎮座します。

巣守神社 境内

軽く一礼して鳥居をくぐります。

鈴や賽銭箱はありませんでしたが二礼二拍手一礼にて参拝しました。

普通の家のようなお社でした。

巣守神社 社殿

巣守神社 ギャラリー

狛犬さんなどはなく狭い境内には石碑が一つあるだけです。

畜護神之碑

珍しい名前です。裏には「昭和十年十一月十五日 建之」と刻まれています。

巣守神社 畜護神之碑

あれこれ

巣守神社 御朱印情報

巣守神社の御朱印はありません。

最後に

2024年5月19日、巣守神社参拝の記録でした。

巣守神社 境内